国学院大学法学部横山実ゼミ


少年院法改正についての意見

少年院法改正要綱素案に対する意見

 法務省では、少年院法の改正の作業を進めており、2011年の秋に、少年院法改正要綱素案を発表した。そして、それについて、人々に広くコメントを募集した。私は、澤登俊雄先生とともに、國學院大學を拠点として、少年法研究会を29年にわたって運営してきた。研究会では、少年院法改正についても討論をおこなってきた。しかし、いろいろな立場の人が自由に参加して意見を交換するにとどまり、研究会として意見を集約して声明を出すようなことはしていない。そこで、このコメントは、筆者が個人として考えていることをまとめたものである。これのコメントは、2011年12月3日に法務省矯正局総務課宛に送付したものであるが、皆さんが、少年院法改正を考える際の参考にしていただければ幸いである。

 2000年の少年法改正により、14歳から15歳の少年も、懲役刑あるいは禁固刑で、施設収容されることになった。それに伴って、少年法56条第3項が設けられて、少年院収容受刑者という類型が設けられた。少年院収容受刑者は、久里浜少年院に収容させることになっているが、未だに収容された者は皆無である。それゆえに、少年院法の改正は、保護処分として少年院に収容された少年を念頭に置いて行うべきであり、少年院収容受刑者が対象の一部になっているからといって、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の趣旨や条文を安易に取り込んで、少年院の刑事施設化を促すのは、避けるべきである。

 確かに、欧米では、1980年以降、社会全体の中で、治安の維持が声高く叫ばれ、非行少年の処遇については、福祉モデル及び社会復帰モデルが後退し、犯罪統制モデルが行き渡るようになっている。その中で、先進国では、日本のみが、少年法の健全育成の理念を忠実に追求し、少年院においても、少年の最善の利益(Best Interests)のための矯正処遇が実践されている。その実践は、海外における非行少年問題の研究者の間で高く評価されている。その評価を崩すような方向で、少年院法を改正するとしたら、それは、世界的に大きな損失といえよう。このような基本的な視点から、今回の「少年法改正要綱素案」を検討してみたい。

第一部 少年院に関する事項

第一 総則

 一 目的

 1899年にアメリカのイリノイ州で少年裁判所が創設されてから、少年司法システムは世界各地で確立されてきた。そのシステムが依拠する法体系は、刑法や民法などのコモン・ローではなく、衡平法である。コモン・ローでは、画一的衡平が主目的になっているのに対して、衡平法では、個別的具体的な妥当性が追及される。それゆえに、少年法では、何よりも、対象少年の最善の利益(Best Interests)の実現ということが目指される。

 少年院法は、衡平法の系統に属する少年法で規定された保護処分としての少年院送致に対応するものである。それゆえに、当然、少年院在院者の最善の利益(Best Interests)の実現という文言は、少年院法の目的に盛り込むべきである。その視点から以下のような提案をしたい。

素案

「少年院の適正な管理運営を図るとともに、在院者の人権を尊重しつつ、その特性に応じた適切な矯正教育及びその他の処遇を行うことにより、在院者の健全な育成を期したその改善及び円滑な社会復帰を図るほか、少年施設視察委員会・・・に関し必要な事項を定めることを目的とすること」

筆者の提案

「在院者の人権を尊重しつつ、その最善の利益の実現のために、特性に応じた適切な矯正教育及びその他の処遇を行うことにより、在院者の健全な育成を期したその改善及び円滑な社会復帰を図り、それに加えて、少年院の適正な管理運営を図るとともに、少年施設視察委員会・・・に関し必要な事項を定めることを目的とすること」

「少年院の適正な管理運営を図る」を、主目的の後に配置したのは、少年院は、矯正教育を主目的にし、刑務所におけるのとは異なり、施設内の秩序維持を強調すべきでないという立場からである。もし管理運営の面を強調しすぎて、在院者の逃走や事故について、過度に敏感になると、少年院における開放を前提とした矯正プログラムの実施は、後退しかねないからである。実際に、この数年においては、加害少年への世間の目が厳しくなっている状況で、逃走や事故を怖れるあまり、特修短期のプログラムで外部通勤する少年院収容者の数は、激減しているのであり、その傾向に歯止めをかけるためにも、「少年院の適正な管理運営を図る」という目的は、主目的の後に置くべきである。なお、素案の「ニ 矯正教育の実施 6」では院外委嘱教育の充実、「同 10」では外出及び外泊等の充実をうたっている点に注意していただきたい。

四、少年院の種類

 従来は、少年院の種類は、初等少年院、中等少年院、特別少年院および医療少年院の4種類であった。素案では、第一種から第四種までを規定しているが、そこにおいては、「特別少年院」という類型が、実質的に消滅している。

 現在は、久里浜少年院の収容少年の動向から明らかなように、暴力団や暴走族に所属していて、何回も非行を繰り返すような少年は減少している。そこで、それらの典型的な「ワル」が減少してきているので、特別少年院は、家庭裁判所で中等少年院送致の決定を受けた者も収容するようになっている。このような少年にとって、「特別少年院出」というレッテルは、社会復帰に不利な烙印となる。それゆえに、「特別少年院」というカテゴリーを消滅させることは望ましい。

八、少年施設視察委員会等

 これは、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の第7条「刑事施設視察委員会」とパラレルに考えて、導入されるものである。

 ところで、刑務所の刑事施設視察制度は、導入されてから今日に至るまで、どのように機能しているのかを、法務省はきちんと調査をしたのであろうか(Evidence-Proved Policyの立場からは、そのような調査は、当然されるべきといえる)。その調査結果により、それがよく機能しているということが明らかにしたうえで、そのよい機能を、刑事施設と性格が異なる施設である少年鑑別所や少年院について、どのような形で導入したらよいかを検討すべきであろう。

 もし国民の税金を使って制度化するとしたら、刑事施設と質的に異なる少年鑑別所や少年院では、何を視察対象にするのかを、事前に想定しておくべきであろう。たとえば、広島少年院事件のように、収容少年が法務教官による虐待を受けるのを防止することに主眼が置かれているのであろうか。それとも、少年の矯正教育プログラムの問題点を見出すために視察するのであろうか。収容少年の自由権あるいは社会権のいずれに重点を置いて視察するかによって、この制度の設計は変わりうる。いずれにしても、もし制度化するとしたら、外部者からの厳しい細部にわたるチェックで、法務教官が萎縮して、彼らの矯正処遇へのモラール(士気)が低下しないように配慮することが必要である。

 なお、刑事施設の刑務官は、何よりも受刑者の拘禁の確保と所内の秩序維持という任務を負っている。それゆえに、刑務官は、受刑者を指揮命令系統において、厳しく管理しており、権力を担う者として、その乱用による受刑者の自由権侵害の可能性をもっている。それに対して、少年院の法務教官は、何よりも、収容少年の最善の利益の実現を目的にして、教師役として矯正教育を担っている。たとえば、法務教官は、収容少年を指揮命令するのでなく、教師として声掛けして、彼らの悩みや問題点についてカウンセラー役を務めることが期待されている。それゆえに、刑事施設と少年院では、収容者の自由権侵害の様相や可能性の程度は異なると思われる。もし少年施設視察委員会制度を導入するならば、その差異をふまえて設計してもらいたい。

第二部 少年鑑別所に関する事項

第一 総則

 一 目的

 少年院の目的についてと同様な理由から、次のような提案をしたい。

筆者の提案

「在所者の人権を尊重しつつ、その最善の利益の実現のために、その者の状況に応じた適切な観護処遇を行い、及び鑑別の適切な実施を確保するほか、非行及び犯罪の防止に関する援助の実施を図り、それに加えて、少年院の適正な管理運営を図るための必要な事項を定めることを目的とすること」

 この素案では、少年院の場合とは異なり、「少年施設視察委員会・・・に関し必要な事項」が削られている点に注意していただきたい。少年施設視察委員会の構想では、複数の少年鑑別所と少年院を視察するために、合同視察委員会を設ける構想もある。

 ところで、少年鑑別所は、小規模施設が多いし、また、観護措置の期間は、通常は4週間以内と、少年院に比べ短い。少年鑑別所は、原則として教育的処遇を結局的に行わないので、もし視察委員会を設けるとしたら、その委員会には、収容少年の自由権に対する侵害をチェックする機能を期待することになろう。ところで、最近は、観護措置を受けた少年に、弁護士が付添い人になるケースが増えている。そのようなことを考えると、国民の税金を使って、個別の少年鑑別所を対象として視察委員会を設ける必要性は、少年院に比べて低いといえる。

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